2012年12月3日月曜日

新東工業㈱ 豊川製作所見学記 (宮原諄二)


新東工業㈱は「エアレーション造型法の開発と実用化」で平成22年度(2010)大河内記念生産賞を受賞した。エアレーション造型法とは、鋳物砂を空気圧力により流動化させ鋳型を作る方法であり、関連する一連の技術をシステム化して「鋳造」分野に技術革新を起こすことになった。この技術開発の背景や経緯を知りたく、日本三大稲荷として名高い豊川稲荷のすぐそばにある豊川工場を2012年月2月に訪問し、専務取締役の川合悦蔵さんと開発リーダーであった平田 実さんのお二人にお話をうかがった。


★★ 新東工業㈱のケーススタディが「リサーチ・ライブラリ」からダウンロードできます ★★
      藤原雅俊「新東工業株式会社:エアレーション造型法の開発と実用化     
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 中央: 平田実 氏 /新東工業㈱ 鋳造事業部 副事業部長
  画面右: 宮原諄二 /元・一橋大学イノベーション研究センター長(本記執筆者)
  画面左: 藤原雅俊/京都産業大学経営学部 准教授(ケーススタディ執筆者)


 いずれの企業であっても独自のパラダイムを持っている。そうであったからこそ、その企業が成長し発展して今日がある。しかし、成長発展の原動力であったそのパラダイムが、時を経るにつれて社内や社外の環境に適合しなくなる時期は必ず訪れるものである。何も手を打たなければ、その技術・その事業・その企業は確実に衰退の方向に向かう。イノベーションの芽は、しばしばそのような状況の中で生まれる。新東工業の「エアレーション造型法」のコンセプトも、1990年代の後半に主要の「鋳造」市場が急速に低迷し、革新技術によって「鋳造」市場を立て直すか、新たな事業分野進出を模索しようかとの状況の中で生まれた。新東工業は前者を選択した。

 「鋳造」という技術は実に長い歴史を持つ。ホモサピエンスが自然銅や自然金を偶然に発見し、それを叩いて整形し利用し始めるようになったのは今から数万年前である。しかし、それらを溶かすほどの高温にする技術を会得し、金属の成型物を大量に作る「鋳造」技術を人類が知るようになったのは、新石器時代の初めの頃、およそ6000年前になる *1 。鉱石から金属を取り出す「冶金」技術を知るのは、さらにそれ以降のことである。以来、人類は20万年にもわたる長い石器時代を抜け、青銅の時代を経て現在の鉄鋼の時代へと大きく躍進を遂げてきた。
新東工業㈱ 豊川製作所 (愛知県豊川市穂ノ原)
   
*1 参考:フォーブス著、平田寛・道家達将・大沼正則・栗原一郎・矢島文夫監訳:「古代の技術史 上 金属」朝倉書店(2003.10.1.初版第1刷)、B.W.スミス著、和田忠朝訳:「銅の6000年」アグネ(1966.12.25初版)、A.アシモフ著、小山慶太・輪湖 博訳:「科学と発見の年表」丸善(1995.10.5.第3刷)、その他




 鋳造技術の重要な領域は、高温に耐える鋳型を作るための鋳物砂、すなわち「粉体」の制御技術である。粉体を扱うと、不可避的に他の物体との「摩耗」という現象を伴うために、摩耗の制御技術もまた必要となる。「粉体」や「摩耗」に関する技術は、まだ解明されていないさまざまな物理的・化学的な現象から成り立っていて、またそれがさまざまな環境要因によって影響を受けるために、アカデミックな学問には馴染まない技術分野の典型である。

 新東工業は、空気を物理的な媒体として利用して、液体や粉体を搬送したり混合したり粉砕したりする、よく知られた“エアレーション”という技術を、同社の技術の系譜としてつちかってきたさまざまなノウハウと社外のさまざまな技術とを統合し編集して、「鋳造」分野の革新的な技術として創り上げた。現在では“エアレーション”との言葉は、当該分野では同社のブランド名になるほどに、“鋳物を作る設備”の世界のトップ企業として以前と変わらぬ地位を確保することができた。

 このように経験によるノウハウの寄与が高く、なおその技術領域に八百万の神がまだおわしますようなアナログ的技術は「機能統合性の高い技術」 *2 と言えよう。この性格を持つ技術は、模倣されにくく、技術の優位性を長く保つことができ、競合が少なくコスト競争になりにくく、結果として企業間・国家間での技術移転速度が遅いとの利点がある。しかし、その一方で、“閉じられた技術のループ”にはまり込み、自立的な発展性に限界が生じ、それを代替する技術が出現したときには壊滅的な影響を受ける技術でもある。電子デジタル技術の出現によって、ほとんど消滅してしまった銀塩写真やレコードなどはその典型例である。

*2 一方、ロジックの積み重ねの寄与の大きく、結果として一神教的な世界に生きているデジタル的な「機能拡張性が高い技術」がある。技術の汎用性が高く、多数の製品に適用でき、製品コストを安くできる一方で、模倣されやすいために競合がはげしくて優位性を保ちにくく、コモディティになり易い技術である。モデルチェンジの間隔も短く、企業間や国家間の技術移転速度も速い。企業や国家の技術戦略を考える上でその技術がどのような性格をもっているかとの視点は重要である。
 豊川製作所「商品体感センター」の様子

 企業における技術革新が成功するには、最初のコンセプトが重要であることは論を待たない。しかし、それと同等以上に重要な要因は、実際の開発プロセスに携わった人々である。テーマを成し遂げようとする「熱き思い」を持ち、組織や個人に豊富な「無意識知」が蓄積され、そしてさまざまな「偶然」に出会う自由の場が作られていて、それらすべてが焦点化されて共鳴することだ。川合さんは「エアレーション造型法」の基本アイディアを考え、当時ドイツ駐在員であった平田実さんにそのアイディア実現の想いを伝え説得した。平田さんを見込んだからである。お二人はパーソナリティ(“自由な子供”と“理性的な大人”)も異なり、蓄積されている暗黙的知識も立場も違っているのであるが、互いに信頼しあっている実に好ましい組み合わせであることがよくわかった。成功する開発事例の必須の条件である。

新型造型機「FDNX」
  現在、新東工業は「鋳造」分野だけではなく、「粉体」と「摩耗」の制御技術を『技術の核』として多方面に展開している。ショットブラストのような金属表面加工分野、それに用いる独特のセラミックや金属粉体などの消耗材料分野、大型精密加工アルミナ・セラミック製品分野、メカトロニクス分野や環境システム分野などへの展開である。さらには世界各地に導入された鋳造プラントを円滑に操業するために世界規模の遠隔保全ネットワークシステムも立ち上げた。いずれも他社が模倣しにくい「ノウハウの塊」技術に仕上げている。世界の荒波を生き抜いていく特異的な日本企業の代表例の一つとして期待したい。