2012年6月11日月曜日

シンガポールの水資源探訪4(三木朋乃・積田淳史)


 「シンガポール水資源探訪」第4弾では、水ビジネスをめぐるシンガポールと日本の違いを比較していきます。



水ビジネスの現状−水メジャーの存在


石油ビジネスにおいて「石油メジャー」と呼ばれる寡占企業が存在するように、水ビジネスにも「水メジャー」(英語ではWater baron)と呼ばれる企業が存在します。1位はフランスのスエズ・エンバイロメント(Suez Environment)、2位も同じくフランスのヴェオリア・エンバイロメント(Veolia Environment)、3位はイギリスのテムズ・ウォーター(Thames Water)です。この3社は、上下水道事業の世界シェアの8割を独占しています。3社寡占状態はまだしばらく続きそうですが、近年、彼らの牙城を崩すべく存在感を増しつつある企業もあります。それは、アメリカのGE社やドイツのシーメンス社、そしてシンガポールや韓国などのアジアの企業です。

上下水道事業というのは、上下水道の施設保有・サービス設計・事業経営・メンテナンス・顧客管理を指します。欧州企業が水ビジネスで強いのは、早くから上下水道の民営化が行われたからだと一般的に説明されています。高い水資源管理技術を持つ日本では、地方自治体が中心となって水資源管理を実施しているため、水ビジネスにおいて日本企業の存在感はそれほど高くありません。
 
水メジャーと呼ばれる3社は、垂直統合を行ってその全てを担うところに特徴があります。近年台頭してきているGEは、主にM&Aを行って垂直統合をはかり、水ビジネスへ台頭してきています。



シンガポールにおける水ビジネス

さて、シンガポールはというと、日本と同様に、政府を中心に上下水道事業を進めてきました。第1弾〜3弾の記事で取り上げてきたように、シンガポール政府は過去4 0年に渡って水資源管理と水処理技術の開発に積極的に投資してきました。水資源が乏しいことを憂慮する同国政府にとって、水問題は常に最優先すべき課題の一つでした。


この間、シンガポールにはハイフラックス(Hyflux)という水道事業運営会社が育ちました。ハイフラックスは、第3弾の記事で取り上げたNEWater計画におけるプラントの一号機を受注したり、シンガポール最大の脱塩処理施設も受注しており、同国における水の35%の供給に関わる大企業です(2010年時点)。同社は、現在では国内で蓄積した水事業の運営・管理ノウハウを活かして、世界の400以上の地域で事業展開をしています。同社の売り上げの98%は国外市場が占めているほどです。

Marina Bay Reservior(マリーナ湾に建設された最新の貯水池)



シンガポール政府は、2009年、水ビジネスを成長産業と位置づけています。同国を水ビジネスの世界的な拠点とすべく、「グローバル・ハイドロ・ハブ構想」を策定しました。この構想の中で、同国は2015年までに世界の水市場のシェア3%を同国政府および関連企業で獲得すること目指しています。この構想には、多数の海外企業が参画しています。水資源に乏しく、技術力も無いシンガポールは、海外企業と積極的に協力することで、水ビジネスを育てています。

この構想の中で、
シンガポール政府は投資家や商社のような役割を果たしています。投資家という役割は、同国政府に伝統的なものです。あらゆる資源に乏しく、長い歴史を持たないがゆえに技術力の蓄積も少ないシンガポールを成長させるために、同国政府は常に海外に目を向けています。ビジネスのアイデアはあるものの資金を持たない海外の企業や研究者を誘致し、シンガポール国内で事業を展開させ、国内の産業発展に貢献させるとともに、スピルオーバー効果で技術力の向上を図ってきました。

最近では、海外企業の要素技術を買い付け、それらをパッケージングして販売するという商社のような機能も果たそうとしてきています。同国政府は、交通網の課金システムや無人鉄道システムの開発を進めており、将来性のあるビジネスに投資をしています。水ビジネスも、その典型的な例です。ハイフラックス社は、日独韓の企業から要素技術を部分的に買い取り、それらをパッケージングし、途上国に運営ノウハウも含めて販売するという戦略で、成功をつかみ取りつつあります。海外の技術やノウハウを寄せ集めて成功させたシステムをそのまま製品にしてしまうという商社的な発想は、「グローバル・ハイドロ・ハブ構想」からもうかがうことができます。

シンガポール海峡に浮かぶタンカーやコンテナ船(アジアのハブとしてのシンガポール



日本における水ビジネス


では、日本はどうでしょうか。従来、日本の上下水道事業は地方ごとに公的セクターが担ってきました。近年では、法改正により民間企業の参入が容易になっています。2001年の水道法改正によって水道事業の第3者委託(例えば民間委託)が可能に、また2003年の地方自治法改正では指定管理者制度化がされて税金で赤字補填されることがなくなり、効率的な運営が求められるようになったからです。とはいえ、日本の上下水道事業の民営化の歴史は浅く、また地方単位で運営してきたために大規模事業のノウハウもなく、日本企業は上下水道事業において世界で戦える状況にあるとはいえません。むしろ、上記の法改正後、民間企業として海外の水メジャーに委託する地方(広島、埼玉、千葉県など)も増えつつあり、日本の上下水道事業むしろ浸食されているのが現実です。

「東京水」(東京の水道水をペットボトルに詰めて水の綺麗さをアピール)


もちろん、日本政府もこうした現状に何も手を打っていないわけではありません。2010年、日本政府は「新成長戦略」を打ち出し、その中のアジア展開における国家戦略プロジェクトとして「パッケージ型インフラ海外展開」を掲げています。これは、電力・鉄道・通信・水などの大型インフラの建設や既存施設の維持管理に関して、設計・建設から完成後の管理運営やメンテナンスを含めた事業権を丸ごと確保することを目指した戦略です。シンガポールのように官民が一体となって、ビジネス規模の大きい運営やメンテナンスを含めたインフラビジネスをアジアに展開しようとしているのです。

官民一体による成功をめざすこの戦略は、シンガポール政府の戦略によく似ています。しかしながら、どちらの戦略がより機能しているかと問えば、現状ではシンガポールであると答えざるを得ないでしょう。日本は水資源が豊かで、水資源管理の歴史も長く、世界的な水資源管理関係の技術(例えばRO膜)を持つ企業が複数存在するといったアドバンテージを持っています。それにも関わらず、日本は水ビジネスで出遅れているのです。 

こうした出遅れの理由の一つは、国内の競争の激しさがあります。日本の場合はRO膜をとってみても、世界的な競争力を持つ企業が2社も存在し、国内メーカー同士で海外からの受注を争う事も少なくありません。一方のシンガポールは、上下水道ビジネスで有力な企業はハイフラックス1社のみで、官民が一体となって海外へビジネス展開する事は容易なのです。




両国の水ビジネスにおける差は、このような国内の競争環境の違いから説明することもできますが、政府や企業の姿勢の違いから説明できるという考え方もあります。次回はこのことについて、現地の事情に詳しい方へのインタビューを通じて、探索していきたいと思います。


(三木朋乃・積田淳史)