2012年5月31日木曜日

シンガポールの水資源探訪3 (三木朋乃)


「シンガポール水資源探訪」第3弾は、シンガポール政府が力を入れているNEWater計画について取り上げます。(積田さんから始まった探訪記ですが、第3弾は、20122月にシンガポールを訪問して調査した内容をもとに、三木が執筆いたします。)


NEWaterの歴史、および現状
NEWater(中国名:新生水)計画とは、下水を高度に浄化し、再利用することによって水資源を確保する方法のことです。シンガポールでは、水不足を解消するため、1972年から下水の再利用を目指してきました。当時は下水を処理する膜(membrane)技術が十分に発展していなかったため、高水準の再生水が造れなかったこと、またコストも高かったことから、すぐには実用化に至りませんでした。

その後、膜技術の発展と下水処理のコスト低下により、2000年に初めてNEWater工場がシンガポールに完成しました。現在では5つのNEWater工場が稼動しています。2010年にチャンギ地区に作られた最も新しい工場は、一日に5000万ガロン/日の水を供給する事が可能で、国内最大の供給量を誇ります。PUB(シンガポール公益事業庁)によれば、現在、再生水はシンガポールの水需要の30%を賄っています。各工場の日産能力の引き上げ、および新たな工場の建設により、2060年までに再生水だけでシンガポールの水需要の60%を賄うことを目標としています。

チャンギ地区にあるNEWater施設



再生水の生成プロセス
シンガポールでは、NEWater工場に併設されているビジターセンターを訪れ、再生水の生成プロセスを見学してきました。再生水の生成プロセスは、以下の三段階に分かれていました。

(1)第一段階は、精密ろ過法です。本来ならば川に放流されるはずの処理された下水をMF(Micro Filtration, MF)膜に通過させるプロセスです。固形物質、コロイド粒子、病原菌、ウィルス、原虫嚢子を膜表面に付着させることで除去することが可能です。膜を通過した水には溶存塩と有機分子しか残りません。
(2)第二段階は、逆浸透 (Reverse Osmosis, RO)膜です。RO膜にはMF膜よりもより小さな穴しか空いていません。そのため、バクテリアやウィルスなど不要な汚染物質は膜を透過できず、水分子等の非常に小さな分子しか透過できません。この段階での再生水は、ウィルスやバクテリアが一切含まれていず、塩分や有機物質もごくわずかしか含まれない非常に高い水質を実現しています。
(3)第三段階は、赤外線(UV)による消毒処理です。赤外線をあてることで、全有機体を不活性化して水の純度を保証するためのプロセスです。さらにアルカリ化学物質を追加し、PH及び酸塩基平衡を維持します。こうして再生水の供給準備が整います。

旭化成のMF膜

NEWaterの工場内にあるRO膜




再生水の用途
皆さんは、上記のプロセスを経て下水から造られた再生水を飲む事ができるでしょうか?例え安全だと言われても、おそらく多くの人は拒否反応を示してしまうでしょう。海水から作られた水を飲む事はできたとしても、下水から作られた水に対して抵抗感のある人は多いはずです。シンガポールでも同じ事が起きています。シンガポールでは再生水のほとんどは産業用水として使われています。

  産業用水(Non Potable Usage):
  ウエハー製造や電子機器及び電力発電といった業界の製造工程に活用されたり、エアコン冷却用として産業及び機関施設において使用されています。
  間接飲料水(Indirect Potable Usage):
  わずかですが、再生水を一旦貯水池の水と混ぜて上水道に流して、飲料水用途に使っています。この方法による供給量は多少ながらも増加しており、2011年時点で国内水消費量の2.5%を目標に計画が進められています。

    
    Unplanned IPUPlanned IPU?
     私たちは普段、自然界における水の循環を通して、(間接的ではありますが下水を)飲料水として使っています。トイレや台所の排水や工業廃水は最低限の下水処理をして川の下流に戻されます。海や川を流れて 浄化され蒸発した水は雨となって降り、浄水場を通って飲み水になります。これをUnplanned IPUIndirect  Potable Usage)と呼びます。
   一方、川に放流される下水を膜を使って人工的に浄化し、それを貯水池に混ぜ、浄水場を通して飲料水として供給する方法もあります。例えばシンガポールで行われている方法です。水の循環プロセスの一部を人工的に行うことから、これをPlanned IPUと呼びます。

Planned IPU


今回、ビジターセンターを訪れた際に再生水の入ったペッドボトルを頂いたので、ホテルに帰ってから飲んでみました。以前、海水淡水化された水を飲んだことがあるのですが、その時よりも勇気を出して飲んだという感じがありました。日本でRO膜の工場見学をさせていただいたこともあるため、頭の中では綺麗な水が造れると理解できているのですが、悲しいことにこれが現実なのかもしれません。

ペットボトルに入った再生水



水をめぐるシンガポールと日本
 NEWater工場では、日本企業のMF膜・RO膜を使って再生水が造られていました。日本企業はMF/UF膜市場において世界シェアの約3割、RO/NF膜市場において世界シェアの5割を占めるほど、高い技術力を保有しています(富士経済、2010)。しかしながら今回見学したように、膜というのはあくまでも水を造るプロセスの一部を担う素材でしかありません。水を造るには、膜をモジュールとして装置を作り、更にはその装置を入れるためのプラントの設計、建設、運営をしなければなりません。水ビジネス全体からすると、膜のような素材ビジネスの規模は10%と小さく、規模が大きいのは水事業全体の運営・管理ビジネスです。日本企業はRO膜やMF膜市場で強いとはいえ、規模が小さい市場ゆえに大きな利益を出しているわけではありません。
 一方のシンガポールは、水資源もなければ、日本のように優れた膜の技術があるわけでもありません。しかし、水ビジネスの世界においてシンガポールという国は確実にその存在感を強めています。なぜでしょうか?水資源も技術もないシンガポールは、それゆえに他国の技術を利用しながら水道事業の運営・管理を行い、水資源の確保に励んできました。近年では、蓄積してきた運営・管理ノウハウを利用して、水資源を必要としている東南アジアや中東、北アフリカといった地域で水ビジネスを展開しています。
 次回は、こうした現実に目を向け、水ビジネスにおけるシンガポールと日本を比較し、それぞれの国においてできること/できないことに注目して、その理由を探ってみたいと思います。



参考文献
富士経済(2010)「高機能分離膜/フィルター関連技術・市場の全貌と将来予測2010
参考URL
(三木朋乃)